「停電」 |
事務所ビルのエレベーター前で
ヘルメットを被った作業着姿のおっちゃんが二人談笑している。
丁度立ち位置が郵便ボックスの前であったので、会釈をし、中から手紙類を取り出した。
そして、エレベーターのボタンを押そうとした時、
年配の作業員の人から 「今日の停電ことはご存知でしたか?」 と訊ねられた。
一瞬戸惑ったが、 「連絡はあったようですが、忘れていました」 と答へ、
「ところで、何時からですか?」 と訊ね返した。
「もう直ぐですよ。1時から2時迄です」
「パソコン類はシャットダウンして置かれた方がいいですよ」 と親切な答えが返ってきた。
1時まで5分足らずの時刻だった。
そんな事とはつい知らず、呑気に支度をしていたが、
思った以上に早く段取りを終えてしまった。
娘との約束は午後1時だったが、無為の時間潰しは勿体無いと思い、
少し早目に到着すると電話を入れて置いた。
面白いもので、こういう時に限って車はスイスイと走る。
15分前には着いてしまった。到着の旨を伝え、暫し車中で待機した。
直ぐに婿殿が現れ、運転を入れ替わった。
俺はそのまま事務所へと直行した。
徒歩で数分の距離である。
停電までに数分ある。
それ迄に加湿器の水を補給し、時を待った。
午後1時キッカリに電源が切れた。
照明は消えたが、ブラインドを開け放つと本も読める程の陽光が差し込んでくる。
室内温度もほんのり温かい。
静かだ。
椅子に凭れ掛かりながらこの静けさの元を考えた。
パソコン、プリンター、サーキュレーター、冷蔵庫、そして加湿器などが浮かんで来た。
モーター音である。
小さな音の重なり合いであるが、意外や意外、結構な音量である。
普段の生活に何気に浸っているとこれらの音が当たり前となって、
雑音が雑音として捉えられていない様だ。
静けさがこれ程いいものだと今の今まで気が付かなかった。
そして何より、電源が切れてしまうと、何も出来なくなるのである。
今更ながら、現代の都市生活とは脆いものなんだと改めて思い知らされた感がある。
確かに、読書には十分過ぎる程の自然光はあった。
しかし、この限られた約一時間の静けさを享受しようとすれば、読書より昼寝だろう。
ガッシャ、グィ~ンと一斉にモーター音が響き渡り、
カチカチと蛍光灯が点灯する音と共に目覚めた。
目の前のアダプターやルーターが点滅を繰り返している。
加湿器は設定をし直さなければならない。
矢っ張り喧しい。
いい眠りだった。
でも、夢は見ていなかったような気がする。