「工房見学」 15 |
一通りの家事を済ませ、髭を剃ろうと思ったが、シェーバーを使う気がしない。
髭剃り後のお手入れが面倒なのである。
久々にカミソリで剃る事にした。
洗面器に水をたっぷりと張り、充分にヒゲを濡らし、石鹸を付けた。
カミソリにも水を与え、顔に当て、一度二度と剃り上げたところ、
顔にピリピリとした痛みが走る。
鏡に顔を近づけたが、切れてはいない様だ。
執拗な逆剃りは避けたつもりだったが、首筋の辺に火照りを覚えた。
矢っ張りカミソリ負けを起こしたようだ。
頬と首筋辺りが蕁麻疹が出来たように赤く腫れている。
一応消毒液を塗った。
数時間もすれば引いていくのだが、カミソリを当てたことを悔いた。
髭剃り中に電話が入った。
本日見学に来られるHさんからだった。
ご一緒されるお連れの方の都合が悪くなり、車での来訪が出来ないとの事。
地下鉄名谷駅まで迎えに行くこととなり、約束の場所を決めた。
彼は目が不自由である。
彼が初めて店に遣って来たのは高校2年生の時だった。
彼の恩師であったOさんからの紹介である。
その時、彼の目は不自由ではなかった。
しかし、後年徐々に目の病が進行してきたらしい。
大凡一年くらい前に彼から電話を貰った。
今は障害者の音楽サークルに入り、歌を歌っている。
そしてもう一度ギターに取り組み直したい。
そう云う相談であった。
30数年振りの声であった。
進行性の視力障害に罹っており、永年勤めた職場は数年前に去り、
今は障害者の支援センターに勤めているとのこと。
進行性であるが故、彼は彼なりの人生プランを立てたのである。
毎日奈良までの通勤をこなし、自立した生活を送っている。
「買うならヒロさんところから」との有難い申し出であった。
店の現状を話し、フィールズギターの注文をして頂いた。
それが去年の秋の話。
忘年会にもご夫婦で参加された。
そして完全に失明する前に一度工房を訪れたいと希望され、
今回の工房見学の運びとなった次第。
見るというより、触て頂いた。
ブレースの違いなどは触感で的確に捉えられ、田井君も驚いていた。
「ブログのネタやで」と
彼と一緒の記念撮影をした。
彼のフィールズギターは数年先の納品となるが、それまでは練習に打ち込んでほしい。
彼の人生の一助となるギターを丹精込めて作り上げる所存です。