「川の辺のギターショップ」 |
「ワークショップ」
「質疑応答で行こか?」と切り出された。
願ったり叶ったりだ。
質問は山ほどある。
とは云うものの何から訊いていいのやら、それが分らない。
「ブレイン・ストームや」
「頭の中でポップ・アップして来たもんを言うたらええ」
と助け舟を出してくれた。
「ホンマに何でもいいんですか?」
俺は腕組みをしながら考えた。
「アホ、考えてもしょうがないんや。思い付きでええのや」
「いい質問しようとするから出て来んのや」
「一つ出たら、次々に出て来よる。それがブレイン・ストームや」
と捲し立てられた。
御蔭で、より混乱した。
「チョット待って下さい。深呼吸しますわ」
と間を置いた。
「俺のギター、値を付けたらなんぼ(幾ら)しますか?」
一瞬、「しまった!」と思った。
が、出てしまったものは仕方がない。
正直、一番訊きたかった事だったが、最初に言う言葉ではなかった。
別に爺さんを困らせようとした意図も全くなかった。
覗き込むように爺さんの顔を見た。
「値は付かん」
と、にべもない。
パイプを銜え、目は無表情に中空に向けている。
怒っている様子ではないのだが、どうも機嫌を損ねたようだ。
しかし、俺としては何故?が知りたい。
この気持ちを抑えることができなかった。
「ようっし、喧嘩を売ったる」
持ち前の向う意気の強さが沸き起こってきた。
「値が付かん事くらいは分かっています。でも、理由を知りたいんです。
半年以上の時間を掛けて作り上げたギターですから」
と一気に言い放った。
俺は爺さんの目を見詰めていた。
怒鳴られる覚悟は出来ている。
「ほう、一気にそこに来たか」と、
爺さんは煙を大きく吐き出し、パイプの火を消し始めた。
甘酸っぱい香りは消え、いがらっぽい臭いだけが微かに残った。
表情は穏やかだ。
笑い顔にも見える。
対岸の杉林に目をやり、「ええ天気やなぁ~」と呟いた。
ちょっと、拍子抜けだ。
「まぁ、ええわ。質疑応答や言うたからな。答えな仕方がないなぁ」
とニヤニヤしながらこちらを向いて喋っている。
「堅い話になるけど我慢しいや」
と言った途端に「その前に腹拵えや」と来た。
俺は弁当なんてどうでもよいのだが、爺さんに言われれば「それもそうだな」と思った。
腹が減っていると余計に苛つく。
ここで抑えた方が得策だ。
素直に「はい」と言い、弁当を開いた。
「ミックスサンド」だ。
薄焼き卵に胡瓜やトマト、そしてツナ・マヨが挟んであった。
一つ口に入れ、お茶を飲んだ。
ホッとした気分になり、さっきの勢いが消えて行く。
「ほれ見てみ、腹が減ってたから、怖い目になっとたんや」
と爺さんに茶化された。
「はぁ~」と頭を掻いた。
目の前をシオカラトンボが通り過ぎた。
爺さんとは大杉の下で夕暮れまで話をした。
何故の答えも呉れた。
袋に詰めたブロックの話も聞いた。
ここでの数時間が俺の一生を決めたと言っても過言ではないだろう。
爺さんは一つ一つ丁寧に俺にも分かる言葉で技術的なことの解説、
そして何よりも大切なギター屋としての心構えを懇懇と諭してくれた。
つづく