「New フィールズ・ギター」 4 |
いい音は意図的には創れない。
神様でない限り音は創れない。
こんな音、あんな音とかを思い描く。
イメージの世界である。
音は消えてゆく。
誰も覚えていない。
如何にお金をかけて最高の機材を投入し、
録音しても原音からは程遠い。
音は鳴らす場所の条件によって異なる。
耳で聞く限りはどうしようもない。
じゃー、どうするの?ということになる。
分からない。
ただ、自分はコウ思うということを試みとして書いてみる。
端的にいって、体感だと思う。
音は振動であるから体に響く。
耳から捉えることも出来る。
人が弾いて音になるのだから弾いている人と
聞いている人との感覚は相当の差があると思う。
弾いている人はギターを抱えている。
両手の指で弾いている。
目で見てフレットを捕らえる。
ハイ・フレットでの音の反応、
ロー・フレットでの反応を感じている。
それぞれの体感の差でギターの差異を感じるのだと思う。
良し悪しではない。
硬い表現になるが、音は個人に中にある。
どう感じるかが大切だという意味である。
只、それには経験を積むということが不可欠なことだと思う。
誤解を生む表現かもしれないが、
先ずは「正しく弾くこと」が大切であると言うことに留意していただきたい。
形を学んで欲しい。
構え方。
指の絃への当て方などである。
基礎を学ぶといってもよい。
正しく弾けば、ギターの持つ最大のポテンシャルを生かすことが出来る。
ポテンシャルを引き出すプレヤーになれば
ギターの特徴や欠点を捉えることが出来る。
そこからの足し算、引き算が出来るようになると
自分のプレーイング・スタイルに適した楽器は
どのようなものかを判断できるようになって行く。
同時にギターそのものを識別する力を持つことが出来る。
自分はこのように思う。
自分はソロ楽器としてのギターを追求していると述べた。
それではソロ楽器としてのギターには何が必要なのか?
第一には弾き易さ。
要は、絃高が低いほど弾き易くなる。
単純にいえば、弾くという作業は筋肉運動だから、
出来る限り負担を軽くリラックスできる状態にしてやることが大切だと思う。
軽やかな左手の動きが出来ればスムースな指の動きが出来る。
滑らかな動きといってもいい。
上手な人はみんな動きが軽やかに見える。
左手の負担を出来る限り軽くするということの大切さはここにある。
次に、左手に力が入いってしまうと右手にも力が入ってしまう。
残念ながら、そうなってしまう。
試して見てください。
右手に力が入ってしまうとどうなるのか?
上手く絃をはじく事が出来なくなる。
指の角度のコントロールが困難になり、
指や爪で絃を引っかいたり、
引っかき上げてしまうような動作になり音を濁らせてしまう。
勿論、このような音を求める場合もある。
しかし、それは特殊な弾き方と理解していただきたい。
力を抜き、リラックスして弾いて下さい。
このように力を入れなくても音量が出て、
豊かな響きを持つギターがソロ楽器として有効であると思う。
ギターがしっかり仕事をしてくれていると信頼して弾くのと、
音量とか低音の出方に疑問を抱き、
絶えず力を入れながら弾くのとでは結果は全く違うものになる。
ギターがお手伝いできるのはこういう事だと思う。
後は練習、訓練でしかない。
くどい様だが先生に付いてください。
上達の一番の近道だと思う。
前述のように弾いていただくと美しい音が出る。
ソロ演奏では澄んだクリヤーな音が求められる。
基本だと言ってもいい。
激しい音を求めれば、激しく弾けばいい。
軽やかの音を求めれば、軽やかに弾けばいい。
すべては弾き手しだい。
自分は美しい音と反応がいいと言うのはギターの必須要件だと思っている。
A社の何モデルがいいとか、B社の何がいいとかは言えない。
弾き手が決めればいい。
自分はフィールズを作っている。
「フィールズはいいですか?」と聞かれれば、
「ハイ、いいですよ。」としか答えられない。
どこのお店でも同じ事だと思う。
弾き手が分からなければ尋ねればよい。
お店の助言に従って、自分でOKと思えば購入すればいい。
そこから信頼関係が生まれると思う。
上手く行かなかったら、店を変えればいい。
お客さんには店を選ぶ自由がある。
お店にはお客さんを選ぶ自由があるのか?
ないとも言えるし、あるとも言える。
お金が絡むので難しい。
自分はお客さんを大切にしたいと思う。
この章 終り
どんな条件でも、同じように弾けるようにならないとプロとは呼べないですね(笑うとこです)