「キーつけなぁ~」 |
昨日に続き今日も雨だ。
「この分じゃ内干しやなぁ」 軒下を覗きながら独りごちた。
客足のことより洗濯物の方が気に掛かるとは俺もすっかり主婦感覚が身に付いた様である。
朝食をそそくさと済ますと、洗い物を食洗機に放り込む。
それもきっちりと下洗いをし、こびり付いた汚れや油を取り除いてからである。
お次はアイロン掛けであるが、今日は2枚なので、難なく片付けた。
これからの30分がチョコチョコ走り用のマイタイムであるが、
この季節では軽く汗を搔く程度だから、丁度いいと思っている。
「バス停まで送ってくれる?」
兄ちゃんが洗面所の引き戸から顔を出し、遠慮がちに訊ねてきた。
昨日はナビの設定でお世話になったのであるから、無碍な返事は出来ない。
バス停までは15分くらいだが、
この雨の中ではチョッと辛いだろうと思い、「ええよ」 と返した。
先に車に乗り込み、兄ちゃんを待った。
暖気運転をするほどの気温ではないので、エンジンは掛けていない。
暫く待つと、雨の中を傘を差さずに小走りで遣って来た。
「昨日のお礼や。駅まで送ったるわ」
エンジンを掛けると同時に告げた。
「えっ、でもそれやったら早く着き過ぎる」
困惑した様子であるが、満更でもなさそうな表情である。
駅までは車で10数分であるから、往復で約30分。
家に着いた頃には小雨となっていたので、傘は車の中に置いておいた。
玄関戸を開けようと、引き戸に手を掛けるが、びくとも動かないではないか。
「アッチャ~」 兄ちゃんは鍵を掛けて出たようである。
彼は間違ってはいない。
俺が迂闊であったに過ぎない。
暫し玄関の前に呆然と立ち尽くした。
「田井君、田井君」 と玄関脇の部屋の窓をノックし呼びかけた。
朝早く叩き起こすのは申し訳ないが、それしか手段はない。
部屋の中から 「如何したんですか?」 と眠たそうな声がする。
「御免。締め出しを喰らったわ。開けて」 と小声で呼び掛けた。
直ぐに玄関戸は開けられた。
頭を搔きながら 「これからはキーつけなあかんなぁ」
と照れ隠しに洒落てみせたのが精一杯だった。