「独り占め」 |
夜中にトイレに立つと、ガヤガヤとカエルが煩いほど賑やかに鳴いている。
便座に座り、暫し聴いていたが、個体差なのか、種類が違うからなのか、
或いは音程を使い分けているのかは知らないが、確かに幾種類かの音程がある。
それにしても、裏の田んぼに何時やって来たのか、
今の今まで気付かなかったのは不覚であった。
そう言えば、今年初めて蛍に出会った。
それも玄関前の桜の木にとまって光っていた一匹である。
玄関前に車を留め、降りようとした時
「あれっ、蛍やん」 と嫁が桜の木の方を指差した。
助手席にいた俺は左を向き、光りを探すが、暗闇があるだけで、何処にも何も見えない。
「ふん?」 と思った瞬間、ポッと小さな光りが点った。
ペンライトの先よりもっと小さな光りだが、くっきり明るい光りを放っていた。
「もっと居るかもしれんで」
嫁の声に誘われながら、玄関前から川の方へ歩みを進めた。
時刻は午後11時。周りには誰も居ない。
川の流れの音だけが聴こえている。
川向こうの竹藪から小さな光りが3つ、消えたり点ったりしながら、ふらふら揺れている。
遠くの方でも幾つかの光を見つけた。
川原に目を遣ると、其処にも何匹かが飛んでいた。
都合10匹くらいかな、その夜に出会った蛍は。
小学校時代には川原に行くと無数の蛍が飛び交っていた。
体中に蛍が留まっていた。
団扇を差し出すとス~とその上に蛍が何匹も降りてきたものだが、
その記憶と比べると今夜の蛍の数は些細なものである。
しかし闇の中の優雅さと言う点では今夜が勝っていたのではないか。
一時ではあったが、幽玄の世界に浸れた趣を味わうことが出来た。
それも独り占めで。