「Blackbird Leys にて」 3 |
40数年前に三田の田舎からイギリスへといういきなりのジャンプである。
カルチャーショックの洗礼を受けない筈はない。
オール電化の冷暖房完備。先ずそこに驚かされた。
しかしそれも後々には色々な事が分かって来るのだが、
さすがは大英帝国だと感心させられたのは事実である。
当時未だ北海油田は商業化されていなかった。
それ故エネルギーの約40%は海外に依存しており、
エネルギー事情は非常に悪かったと言える。
要は電気代が非常に高かった時代だった。
ある夜の事だった。
リビングでサッカーのテレビ観戦をしていると、突如家中の電気が消えた。
「Blackout(停電)か?」 と訊ねると、
「 No,,,Yes,,,Power Cut(供給停止)だ」 と罰の悪そうな顔をしながら、
マルコムは俺にとっては意味不明のことを口走しり、頻りに頭を掻いている。
日本では月極めが基本である。
だからイギリスでもそうだろうと思い込んでいたのだが、それが大違い。
考えてみれば、彼等は週給制で働いていて、然も不安定とくる。
供給者側からすれば、月極めの方が徴収は楽である筈だが、
実情はそれを許さなかったようである。
当時50ペンス硬貨という7角形の大型コインがあり、
それをメーターに入れると一定の電力が供給されるのである。
供給者側はそういう取り逸れる心配が要らない
コイン・メーター制という仕組みをチャッカリと導入していた訳だ。
敵も然る者であるが、そのとばっちりを受けた者からすると堪ったものではない。
50ペンス硬貨がないと言う。
偶々ポケットに2枚持っていたので、それを手渡した。
明くる日ユニスは返してくれた。
が、癖というものは始末が悪い。
一度付くと、二度三度となってしまうものらしい。
日本人であれ、イギリス人であれ、一緒である。
つづく