「冷や汗デート」 |
当時は今の事務所と目と鼻の先にある「甲南スカイビル」と云う
10階建のビルの二階にある小さな一室にいた。
仕事は午後7時過ぎ迄と決めていたので、デートはその後からであった。
大概は食事という事となる。
その日は事務所で待ち合わせ、
神戸駅の南側に留めた車を目指し、地下街へと降りて行った。
すぐ角にあるラーメン屋さんの前に差し掛かったその時
彼女は前から歩いてきた女性に手を振りながら「あれっ、ソントン?」と声を上げた。
彼女も同じように手を振りながら「ハジメちゃん?」と答えた。
小学生の頃からの幼馴染だそうだが、久しく会っていなかったらしい。
彼女の実家は雑貨屋さんを営んでおり、お店に「ソントン・ジャム」が置いてあったと云う。
ニックネームはそこから来たらしい。
久し振りの再開であった様子で、積もる話もあり、
何処かで食事をという話へと向かっていた。
この瞬間から俺の頭の中はお財布との相談でパニクっていたが、平静を装っていた。
ポケットには数千円あり、二人分は何とか工面は出来る計算であったが、
完全に段取りは狂ってしまった。
内心ハラハラドキドキで彼女たちの話等は全く聞こえて来ない。
しかし話は三宮のお店へと進展していた。
万事休すと悟ったが、まさかお金が足りないとは口が裂けても言えない。
件の店に入り、メニューの選択を彼女たちは、俺の心も知らず、楽しく遣っている。
俺の頭はこの危難を乗り越えるために全開。
そこで大芝居を打った。
先ずは鷹揚に構え、兎に角時間稼ぎが出来るメニューを頼んだ。
無論そのメニューでは完全に予算オーバーは分かっているのだが、
頭の中は何より事務所へ取って返すこと。
それ以外の考えは浮かんで来なかった。
「御免、大事な用事を忘れていた」
「直ぐに戻るから、ゆっくり遣っといて」と言い放ち、
唖然とする彼女達を尻目に車へと走った。
当時は携帯も夜間引き出せるATMもないし、クレジットカードなど使える身分ではなかった。
向かうは我が事務所の真下にある「鶴八寿司」であった。
店の裏口のドアを開き
「鶴さん、金借して」
「どないしたん?」
「訳を言う暇ないわ、頼む」
「なんぼ要る?」
「2~3万あれば十分や」
「よっしゃ」
「おおきに!」
要した時間は30分くらいだったか、、、素知らぬ顔をして、再び席に戻った。
「御免、御免、用事を思い出して良かった」
その場を取り繕い、何事もなかった態を装い通した。
が、内心は情けなかった。
後にも先にも他人から借金したのはこの時限り。
「ありがとう」のお礼の言葉と共に鶴さんには翌日お金は返した。
要は見栄っ張りなんですなぁ。この性格は治らない。
このデート事件は生涯忘れることはない。
詰らない見栄っ張りの話であるが、俺にとっては冷や汗・ハラドキの思い出だ。
嫁は今はもう忘れてしまっているだろうが、、、
何かとトラブルがあったほうが思い出になりますね。
30年以上前の2~3万円って、そこそこの大金ですよ! しかも、裏口から? 急に?
鶴さんって、なんとなくヒロさんと人柄が似ているような気がするのは、私だけでしょうか?