「一幅のバインダー」 |
「幾つになったの?」
「今年で60です」
「僕は64になった」
「お互い、よう此処まで食って来れたなぁ」
久々に戸田画伯が来訪された。
今日は友人のHさんから依頼されたインレイデザインの打ち合わせの為である。
デザインは追々詰めていこうという事となり、資料用に写真を数点撮影された。
後は四方山話となり、実に愉快な一時を得た。
彼とは30数年来のお付き合いである。
フィールズのヘッドデザインは彼の手に依るものであるし、
その数年後に制作したカタログデザインもプロデュースをして頂いた。
彼は二十代、未だ世に出る前の事であった。
彼と共にカタログ掲載用の写真を
垂水のジェームス山の外人さんが住んでいた廃屋を探すのに日長ドライブをし、物色した。
そして庭に忍び込み、こっそりとギター撮影をした。
今思い出しても、結構スレスレの行為のように思える。
若気の至りであろうか。
そんなことが、つい最近のことのように思われる。
彼が持参された書類バインダーを手土産として頂いた。
「The starting day of the Summer」
と名付けられた戸田画伯の作品が表紙となっている。
しかしバインダーとして使うには勿体ない気がしている。
一幅の絵として鑑賞していたい。
これらはドイツで印刷され、制作されている。
しかし世界数十カ国で販売されているというが、
日本では代理店がなくなり、出回っていないそうだ。
惜しい気がする。
実に素晴らしい色が出ている。
質感も申し分ない出来映えだ。
何点もの作品がこのドイツの版元で制作されているのだそうだが、
この版元での印刷は一度の校正も行った事はないらしい。
素晴らしい技術であると感服されていた。
絵で食っていくのは大変である。
ギターで食っていくのも大変である。
彼は僕のことを頑固だと言った。
一度も自分が頑固だと思ったことはない。
でもそう感じるのであろうから、恐らく彼も頑固なのであろう。
類は類を呼ぶのかもしれない。
小春日和を感じる穏やかな一時であった。