「川の辺のギターショップ」 |
「決心」 1
老人は俺が理解するまで、繰り返した。
子供に説明するように言葉を噛み砕き、何度も、何度も繰り返し説明をする。
正直、くどい。
しかし、そのくどい程の繰り返しの洗礼を受けていなければ、
俺はただの通りすがりのプレーヤーだったであろう。
ただ、このときはまだ老人を100%信じてはいなかった。
と云うより、ギターという楽器を知らなかった。
ギターをもっと知りたくなった。
毎土曜日には老人の店へ出向いた。
次第に深みに嵌まり込んでゆく自分が怖かった。
俺は老人に父親の姿を見ていた。
4歳のとき父親は急死した。
今の俺の年齢のときだった。
微かな記憶に残っている父の笑顔が老人のふとした時に見せる目元の優しさと重なる。
きっと俺はそこに惹かれたのかもしれない。
「ギターを作りたい」と本気で思うようになった。
人生を賭けても良い仕事だ。
少なくとも、役所勤めには嫌気が差していた。
何が不満という、そんなものはない。
ただ、そこにいるのは自分じゃない人でも出来る。
やる気のない人間が勤めるのはいけない事だと感じ始めた。
今度のボーナスを貰ったら止めよう。
そういうところは、俺はしっかりしている。
とはいうものの難関は母親の説得と爺さんへの弟子入り宣言だ。
俺が役所を辞め、ギター職人になると母親に言ったときの母の涙は忘れられない。
母の手一つで俺は育てられた。
母の苦労は分かっていた。
一生役所勤めを全うするのが母に対しての最高の親孝行だと思う。
そうしたかった。
でも、ギターに人生を賭けてみる気になってしまった。
どうしようもなく、ギターを好きになってしまった。
つづく
ヒロさんにとっては当然だと思われてる事でも、知らない事が多いし、間違えて思い込んでる事も多いようです。
ギター材は縦スライスだと思ってたけど、輪切りだったとは!
だから年輪がまっすぐ(柾目と云う)は、巨木で、希少価値が高いと。
本当に、ひとつひとつの事柄に注目すると興味深いです。
構造を考えるのも、きっと楽しいんじゃないかと思います。
主人公の『俺』さんの気持ちがよく分かります。