「面白い奴」 2 |
エレベーターが降りてくる。
表示が10から9に変わる。
ここで押さなければ過ぎてしまう。
タッチの差で8階のランプが点灯した。
一仕事を終え、お散歩に出ようとした。
エレベーターが行き過ぎ、今日のツキのなさを感じた。
ドアが開いた瞬間、予感が見事に的中した。
「ギャ~ハッハッ、ヒロさん、何処へ行くの?」、
「滅茶苦茶、痩せたん違う?」、
「どこか病気違う?」と
矢継ぎ早に大声で叫ぶ。
こちらも負けていられない。
「これからお散歩や。何で、邪魔しに来るんや」と応酬するが、
彼の勢いには勝てない。
S君である。
15年来のお客さん。
元プロ・サーファー、
元プロ・テニスプレーヤー、
現在はゴルフのレッスン・プロ。
身体能力抜群の人である。
しかし、残念ながらギターが要求する能力とは別のようである。
とにかくよく喋り、うるさい。
かつては、大食漢であった。
近頃、おとなしくなったようである。
10数年前、ゴルフを楽しんだ。
その夜の食事のことである。
焼肉を予約していた。
1人前は2人前以上に相当する量があると訊いていた。
6人前であれば充分だろうと思っていたが、
全く足りなかった。
S君は飲まない。
3人はビールが大好き。
焼肉はおつまみである。
ご飯を4~5杯(どんぶり)お代り。
それでもぜんぜん足りないと、
ブツブツ文句を言っていた。
久し振りの来店である。
近況をしゃべりに喋った。
親父さんが脳梗塞を患った。
幸い、軽くて、現在はほぼ回復したとの事。
ここ数ヶ月は看病でてんやわんやの大騒ぎだったと、
面白おかしく喋っていた。
彼は優しい男である。
それも、徹底的に優しい。
話の後ろ側にある彼の優しさが透けて見える。
お喋り人間はさびしがり屋さんだ。
さびしがり屋さんはさびしがり屋さんを待つ。
似たもの同士である。
この店の客には『変な面白い奴』が多い。
ぜんぜん変じゃないですもんね。
世間で普通と言われる私はきっとヒロさんとこでは『変わった客』になるんですね。
朱に交わって赤くならないように気を付けないと!