「張り合わせ」次の難関はトップとバックの張り付けだ。
手順としてはどちらが先か?
爺さんに訊ねたら「どっちでも構へん。考えてみ」との返事だった。
俺は分からないから訊ねたのだが「考えてみ」はないだろう。
また爺さんの意地悪が出たと頭に来た。
しかしここで怒ってもどうしようもない。
どちらが先か?
メリット・デメリットを考えた。
如何考えてもデメリットはない筈だ。
裏甲から張るメリットは?
表甲から張るメリットは?
モールドに納まった側板を眺め、そして目を瞑り、
表と裏を張り終えたボディーを頭の中に浮かべた。
「そやっ!サウンド・ホールや」。
答えはそこにあった。
張り合わせにはタップリと接着剤を使う。
はみ出した余計な接着剤は除去しなければならない。
表甲を先に張り、はみ出した接着剤を除去する。
それはそれでOKだが、次に裏甲を張るとすれば
はみ出した接着剤の始末はどうするのか?
せいぜい出来てもサウンドホールから手が届く範囲のところだけだ。
それに表甲の裏はサウンドホールからは見えない。
と云う事は手順としては裏甲から張るのが正解となる筈だ。
俺は「やったぁ~」と思い、早速この答えを爺さんに聞いて欲しくなった。
爺さんはソファーに座り居眠りをしていた。
手にはパイプを持っている。
火は消えているようだがこの調子では火事でも出さないかと先が心配だ。
声を掛けるのに躊躇した。
暫く傍で爺さんの寝顔を観察していると、
薄目を開けながらニタッと笑い
「なんか用か?わし、涎でも繰ってたか?」と少し照れくさそうに口の周りを手で拭った。
「いいえ、でも鼻から提燈が膨らんでましたわ」と冗談を飛ばすと
「アホ、年寄りを馬鹿にしよる」
「早よコーヒでも煎れて来てくれ」
と言いながら手に持っていたパイプに火を点けようとした。
「二度点けは美味しくないですよ」と言うと
「ほんまや、その通りや」とソファーから起き上がろうとした。
俺は机の上にあったタバコ・ポーチを取り爺さんに手渡した。
「よう気が付いたな。おおきに」と爺さんは褒めてくれたがそれでは終わらない。
「ところでコーヒーは未だか?」と照れ隠しの毒を吐いた。
そして徐にパイプを掃除し始めた。
張る手順の答えを言った。
「それで良い」
「よう考えたな。でも今回はキットからの製作やからこれ以上の事は言わんけど、
もう少し踏み込んで考えて行く工程なんや」と思わせ振りな言い回しをした。
ようやくその意味が分かりかけてきたのはここ数年の事だ。
かなり難しい課題だが同時にそこでノウハウを構築できれば
ギター製作における大いなる財産となることは請負だ。
数ヶ月を掛けてバインディン、ネック付け、
そしてフレット打ちと進みキットはギターらしい姿へと変貌した。
後は、研磨をし塗装工程へと入ってゆく。
下塗りは大切な作業だ。
時間をかけしっかりと導管溝を埋めてゆく。
そうすれば上塗りのラッカーを最小限に抑えることができる。
ここの所の爺さんの念押しはくどかった。
「塗膜は薄く、透明感があり、綺麗な艶を出す。
全ては下塗り次第や」と。
塗装が終了した後,乾燥に数週間の時間をかける。
ギターは時間との戦いだ。
時間とは手間だから、それをお金に勘定すると
一体ギターの価格とは何?という疑問が湧いてくる。
一度、爺さんにこの疑問をぶつけてみよう。
どんな返事が戻ってくるのかワクワクする。
結局、完成までに半年あまり掛かった。
如何にキットからとはいえ自作である。
ギタースタンドに立てかけて眺めてみるといい姿をしている。
ギターの姿って綺麗やなぁ~と心底そう思う。
俺はこの世界に入って良かったと改めてそう思った。
つづく